2006年07月09日

田植えのときに人が死ぬ(最終回)

超越の言葉に、全員がものすごく驚いた。そして、中でも一番驚いたのは…私だった。
「で、でも、どーして…」
「弥生初期の田はね」超越は説明を始めた。「湿地帯に直接種籾をまく、いわゆる直播きなんですよ。水路で水を流すわけじゃないし、水量もたいしたことないから、足跡残っても不思議じゃないんです。収穫期だって、乾いてなかったでしょうし。」
「で、でも、真ん中辺りで足跡なくなって…」
「板でも置いて、それ踏み台にして飛び出たんでしょ。ずぶずぶ歩くよりラクだってその時気付いたんじゃないですか。」
こうして、<事件>はあっけなく片付いてしまった。がっくりしている鳴戸に、私はからかうつもりで言った。
「ま、そうがっかりするな。案外また『本物の』事件がやってくるかもしれないぞ。」
冗談で言ったこの言葉が、まさか後日本当になってしまうとは…。そのときは、知る由もなかったのである。

田植えのときに人が死ぬ・完

2006年07月08日

田植えのときに人が死ぬ(第六回)

「二千年もよくぞ無事に残った、すごいもんだなあ。…以上。」
この私の言葉に、全員があからさまに不満そうな顔をしたが、知らんぷりをすることにした。
「そういう話は、考古学の教授にでも振るのがスジだろう。私は知らんっ。」
「え〜、そんな〜。」
そこへ、教授ではないが、史学科で考古学専攻の超越(こしごえ)が通りかかった。
「あれ、皆さまおそろいでどうしました?」
「超越、いーところに来たっス!実は…」
まるで瞑想中の僧のような神妙さで彼は話に聞き入った。もちろんこれまで出た推論も含めてだ。
そしていよいよ彼の意見を聞く時になり、…全員が固唾を飲んだ。
「専攻してる学生として言わせてもらいますと…一番正解に近いのは、先生のご意見ですね。」
〜続く〜

2006年07月07日

田植えのときに人が死ぬ(第五回)

楠は、メイド喫茶でアルバイトをしている。そのせいか、自分のケーキの乗ったトレイも、妙に芝居がかった調子で運んできて…このテーブルに加わった。どうしてこんなのばかり集まってしまうのだ。
話を聞いて、彼女は、おっとり口調で恐ろしいことを言った。
「そういえば、授業で風土記を読んだときに聞いたことありますう。田植えの時期、若い娘が田で死んでしまう、という伝説が多いのは、かつて古代の日本では、田植え前に若い女性がお供えとして、田につき落とされて殺されていたからではないか、って。じゃ、この足跡ももしかしてえ…」
そんな話をしながらにこにこケーキを頬張れる女性の神経こそが、私には最大の謎である。
「そういえば、治水伝説も生け贄の話多いですしい〜」
辺りの空気がホラーになってきたところで、
「で、名探偵のご意見は?」
と、突然鳴戸がこちらに話を振ってきた。
〜続く〜

2006年07月06日

田植えのときにひとが死ぬ(第四回)

「なるほど、それなら一人分の足跡しかない説明がつくっ。さすが大海原っ」
鳴戸に褒められ、大いにテレる大海原に、田沢の容赦ないダメ出しが飛んだ。
「わざわざ田んぼに埋めるなんて、手間じゃなくて?山にでも捨てた方がよっぽど合理的ですことよ」
大海原が反論するかと思っていたら、「〜ことよ」という語尾が気に入ったらしくでれでれしていた。情けない。
「じゃ、こんなのはどうスか?田植え前の田んぼのつるん加減に、一人の子供がどーしても入ってみたくなった。が、真ん中辺りで足が抜けなくなり、そのまま沈んでいき、その供養のためこの田は使われなくなった!」
「この足跡、どう見ても大人のものよ。」
「うーん、じゃあ大人が…」
そこへ、やはりミステリ史を受講している国文科の楠が通りかかった。
「みなさんおそろいで何してるんですかあ?」
〜続く〜

2006年07月05日

田植えのときに人が死ぬ(第三回)

「なんだと?」私は面食らった。これのどこが事件だというのだ。
「ほら、この足跡よーく見てくださいよ。」
鳴戸のずんぐりした指が写真を指さした。
「足跡、何故残ってるんスか?刈り入れ時のなら田の土はもう堅くなってるはずだし、田植え前のだとしたら水が入って、足跡はなくなるはずですよ。」
「それでですね」大海原が引き継いだ。「何故足跡が残ったのか、その原因を推理してみようってコトになったんです。先生もぜひご一緒に」
そんなヒマない、と言いたいところだったが、生憎ヒマだった。くだらないことだが、確かに気にはなる。何故こうもはっきりと残ったのだろう。
「もしかして、弥生時代の殺人事件かも…」大海原が呟いた。「田植え前に誰かを埋めて、その後この田の使用を禁じた。こんなところでどうですかね?」
〜続く〜

2006年07月04日

田植えのときに人が死ぬ(第二回)

三人は、必死の祈りも虚しく、当然のように私のテーブルに落ち着いた。
「先生、『隅の老人』気取りですか?ここはABCショップじゃなくってよ。」
田沢は、なかなか可愛い顔をしているのにいつも言葉にトゲがあり、かつやや古風な喋り方をする。いわゆるアキバ系の鳴戸と大海原につきまとわれるのはこのせいかもしれない。
「なんだ君たちは。哀れな師が心の平安を取り戻す時間もくれないのか。」牛乳とチーズケーキを選んだのが偶然だっただけに、他のメニューにしなかったのが悔やまれる。
「違うんスよ、センセ」
鳴戸が、カバンから新聞を出して、広げた。
「これ、この記事見てください。」
見ると、弥生時代初期の水田が発見されたという記事で、田の中の足跡の写真も載っていた。
「これが何か?」
すると鳴戸はにやりと笑い、「これ…事件のニオイがしません?」
〜続く〜

2006年07月03日

田植えのときに人が死ぬ(第一回)作・風間銀灰

毎度のことだが、今日も授業で学生にこてんぱんにやられた。本日の授業のテーマは、「ドルリー・レーンとエルキュール・ポワロの共通点」だったが、案の定学生の方が圧倒的に詳しかったのだ。
 申し送れたが、私は某大学で名ばかりの助教授をしている中年男性である。英米文学が専門だが、シャレのつもりで"クラシックミステリ史"を開講したのが大失敗だった。それ以来、前述のような学生におちょくられる日々が続き、ただでさえ無い威厳はもうマイナス状態である。
 こうしてこれまたいつものように、学食の隅で「隅の老人」ならぬ「隅のおっさん」状態で牛乳とチーズケーキを食べようとしていたら、イヤな連中がやってきた。理工学部のくせにわざわざミステリ史に来ている鳴戸と大海原、そして英文科の女子学生の田沢。先刻私をこっぴどくやっつけた連中の一部である。
〜続く〜
posted by 蔓庵(かずらあん) at 23:22| 🌁| 田植えのときに人が死ぬ 〜大学助教授シリーズ〜【小説】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする