冬桜 四の一 作・風間銀灰

その翌日、寺子屋の教え子が訪ねてきた。胸を患った、例の少年だった。助かったとはいえ、病み上がりで、まだ蒼白く痩せていた。だが目だけは、強く、いきいきした光を放っていた。
「ご無沙汰しておりました、先生」
少年はそう言うと、男の正面に、きちんと膝をそろえて座った。
「ご家族は達者か」
「はい、おかげさまで」
「もう出歩いてよいのか」
男の問いに、少年は少しきまり悪そうに身じろぎした。
「散歩にゆくと言ったのです」
「では、ここへ来るというのは、家人に知らせてないのか」
「…はい」
少年はしばしうつむいていたが、きっと顔を上げると、挑むような声で言った。
「ですが自分は、先生のお見舞いに来たかったのです。自分が病んでいて、何もかもから切り離されたような孤独を感じていたとき、先生が外と私を繋いでくださった。自分がされて嬉しかったことを返すのが、正しいのではないかと考えたのです」
それから、少年の声から挑むような調子がふっと消えた。
「先生は大人で、自分はまだ若輩です。私が嬉しかったことも、先生にはご迷惑かもしれないことも、重々承知です。…でも、でも先生も病気のときの自分のように、独りだと感じていらっしゃるとしたら…そうではないと申し上げたかったのです。みんな先生の帰りを待っております」
男は微笑んだ。そして呟いた。
「そう、皆代わる代わる見舞いに来てくれて、私を待っていると言ってくれている。有難いことだ。…君も、まだ病み上がりなのに無理を押して来てくれた。その気持ちがとても嬉しい」
少年の顔が明るくなった。
「ご迷惑じゃなかったですか」
男は頷いた。その気持ちに嘘はなかった。だが、後の言葉は、悲しい嘘だった。
「皆が励ましてくれるのだ。きっとよくなってみせるよ」
少年の明るい顔が、みるみる悲しげになった。
「…先生、嘘はいけないと私たちに仰ったではないですか」
~続く~

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