冬桜 一の四・五 作・風間銀灰

帰路の途中、男はふと一本の木の下で足を止めた。それは、葉が数えるほどしか残っていない桜の木だった。むきだしの枝を広げる桜は、黒く、ごつごつした様子が余計に目についた。
枝だけの桜は、何故にこれほどまで無残なのだろう。
もう一度桜が見たい。どういう訳か、男はふと思った。否、理由はわかっていた。桜花を見るには、春を待たなくてはならない。だが、彼には、もう春は巡ってこぬかもしれないのだ。いや、今のままだったら、確実に巡ってこない。
金持ちにも貧乏人にも、季節だけは平等にやってくる。─死ななければ。
寒かった。刀が、とても重かった。

ようやく家に着くと、男はまず火をおこした。本当はさっさと横になった方が良いのはわかっていたが、炉端に座ったままぼんやりと弱々しい炎を見ていた。
三年前、初めて江戸に来たときに見た桜は、とても美しかった。あの頃も、今と同じように、仕えるべき所も、共に住む家族も、金も、何もなかった。ただ、胸の中に病の獣は棲んでおらず、何もかもが楽しかった。
もしもう一度桜花を見られたら、男は呟いた。俺は、またあのときのような気分で、生きていけるのだろうか。
だが、春は、今の彼にはあまりにも遠かった。晩秋の風で傷んだ体は、冬の冷たさに耐えるにはあまりにも心許なかった。
ぽろり、と、灰になった炭が、欠けて落ちた。ここで男は我に返った。炉の火がほとんど消えかかっていた。機械的に炭を落とし、だるそうに立ち上がって床を延べると、彼は布団に潜り込んだ。
冷たい足を持て余して眠れないまま、再び三年前の桜のことを考えていた。
~続く~

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