冬桜(ふゆざくら)作・風間銀灰

木枯らしが吹き抜けていった。足元の落ち葉が、乾いた音を立てて転がっていく。晩秋の日光は気短で、名残りの薄明りが、辺りのものを全て影のようにしていた。その中でたった一つだけ、ゆっくりと動いていく影があった。
男が一人、黄昏の通りを歩いていた。
辺りにはほとんど人気がなかった。大概の者は、帰宅して家族に囲まれて、夕食の箸を取っている頃だろう。道沿いに並んでいる長屋の灯、賑やかな話し声、煮炊きの煙がそれを伝えている。男は、以前は、そんな家々の情景を想像し、幽かな寂しさを覚え、そしてそんな自分を恥じていたものだった。だが、今は…飯の匂いをかいでも、空腹さえ感じない。
また風が吹いて、男は思わず身震いした。震えたのは、粗末な着物のためだけではなかった。彼は痩せていた。そして胸に病を飼っていた。冷たい風が吹く度、その厄介者は暴れるのだった。通りに、男の咳込む声が響いた。そのときだけ、蒼白い頬に僅かに血の気が差した。そっと口を拭うと、彼は再び歩き出した。
男は、まだ若かった。その若さ故に、絶望感も深かった。絶望は暗いのではなく乾いていた。足元の落ち葉のように。
それがどうしたというのだ?この大都市、江戸には、この俺のように、主も、共に暮らす家族も、そして健やかささえ失っている者が、腐るほど居る。その中の一人が欠けたとて、何も変わらないし、意味すらもない。
足が枯れ葉を踏んだ。乾いた葉は粉々に砕け散って、風にさらわれていった。幼い頃寺で見た、一握りの灰のように。男は再び身震いした。…今度は寒さからではなかった。
やがて、ぽつんと一軒の庵の灯が見えてきたので、彼は思わずほっと息を吐いた。医師の家にたどり着いたのである。
~続く~

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