オルレアンから来た少女 二章-4 作・風間銀灰


「初めは、とても優しい人だったんです。優しい人だと思わされたのかもしれませんけど。それが、だんだん…」
香音さんのアルバイトに難色を示すのはまだ理解できる範囲だったのが、彼女が誰かと話したり、果ては帰宅することにさえ不機嫌を示すようになったそうだ。自分の側から片時も離したくない。愛情表現にしても、度が過ぎていた。
他にも様々なことがあって息苦しさを覚えていた香音さんだったが、ついに決定的な出来事が起きた。彼からのプレゼントの中に、盗聴機が仕掛けられていることが判明したのだ。
それで香音さんは彼と別れた。だが、そこからが恐怖の始まりだった。
「あとは楠さんがお話ししておいてくださった通りです…。お店に来たり、電話を毎日してきたり。特になんてことがなくても、これから何か怖いことが起こるんだ、そう思わせるような彼のあの目付き、うまく説明できないんですけど…」
電話も手紙も他愛もないものだったし、店に来る時も何もおかしな事はなかったが、その「うまく説明できない」恐怖の状況は、次第に香音さんを追い詰めていった。その矢先に、事件は起きた。
「彼があんな状態になって…。でもそれで私、また別の意味で怖くなってしまって…。確かにやったのは私じゃないですけど、でも…死んでくれたら、って思ってしまったことは正直あります。バカげてるとは思うのですけど、そう願ってしまったから彼が、って…」
香音さんは目に涙をためてうつむいた。私は、月並みなセリフを言うことしかできなかった。
「あなたのような状況に置かれれば、そのような気持ちになるのは当然ですが、自分を責めてはいけない。彼は亡くなっていないのだし、突き落としたのがあなたでないなら、何も咎められることはないのだから」
ここで、美音さんが怒ったように口を挟んだ。
「本当にお姉ちゃん何もしてないんだから!間違いなくあの日、家に居たんですっ」
その妹の言葉を聞いて、一瞬香音さんの顔にちらりと影が走った。しかし、それはほんのわずかの間だったので、間もなく私は忘れてしまった。
「あともう一つ、教えて頂けますか。先日、××市で三十代の女性が刺殺され、現場に田中さんのポケットに残されていたのと同じカードがあったそうなんですが、その女性とはお知り合いではないですか?」
私は言って、新聞の切り抜きを取り出し、香音さんたちに見せた。
「いいえ…。全然知らない方です」
私は人の嘘を見抜くのは不得手だが、それでも香音さんや美音さんが嘘をついてるようには見えなかった。
一連の事件が通り魔の仕業による連続殺人だとすると、私がこうして第一の被害者について香音さんに尋ねているのは全く無駄な事になる。それでも一応、ひと通り質問を続けた。
その結果わかったことは大してなかった。田中さんは意外に(というのも失礼な気もするが)容姿に恵まれていたこと、よくノートパソコンを持ち歩いていたこと、そして詳細はよくわからないが自宅でできる仕事をしていたこと、これぐらいだった。つまり、彼は香音さんのことはよく知っていたが、香音さんは彼のことをあまり知らなかったのだ。
続く

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体に一切関係ありません。

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