オルレアンから来た少女 一章-5 作・風間銀灰


その後の記憶は、欠け落ちたりはしないがやはりどこか夢の中の出来事のように曖昧になっていた。…これまでの死者を見つけてしまった経験の時と同じように。
電車は当然運行を止め、駅係員が集まり、鉄道警察がやって来た。
しかし不幸中の幸いと言うべきか、運転士の急ブレーキで、被害者の男性は、命は落とさずに澄んだという。但しすぐに病院に搬送されたが、生死の境の危険な状態にあることには変わらないそうだ。
私は目撃したことを説明し、確認のために監視カメラの映像を見せられた。犯人の女は、男性を突き落とした直後、エスカレーターの方向へ移動して姿を消していた。
結局、犯人はおそらく若い女である、ということしかわからなかった。中背でやせ形、うつむき加減で長い髪が顔に垂れていたので、顔もほとんど映っておらず、ましてや遠くから後ろ姿を見ただけの私では、また会ったとしても見分けようがないと思われた。
また後日改めて事情聴取を受けることになり、私が解放されたのはだいぶ遅くなってからだった。急いで妻に電話しようと携帯を取り出すと、どういう訳か大海原からメールが来ていた。
『奥さんには田沢さんから電話して事情言っておきました。聴取済んだら改札前のスタバに来て頂けますか』
いったい何の用だろう。一刻も早く帰りたいのだが。
スタンドバッファローズコーヒー店、すなわちスタバに入ると、驚いたことに大海原だけでなく、田沢と楠もまだ一緒に居た。
「いくら大学生だからといって、遅くまでふらふらしてたら駄目だろう。明日ではいけないのか」
すると、普段は真剣味を薬にしたくとも持ち合わせないこの三人が、珍しく深刻な顔をしていた。
「先生」
楠が呟いたが、その声はいつものおどけた調子はなく、微かに震えていた。
「わたし、落ちた男の人を、線路から引っ張り上げられた時に、ちょっと見てしまったんですけど」
気を落ち着けるためか、彼女はひと呼吸してジュースを口に運んだが、その手も少しぎこちなかった。
「落ちた男の人…似てたんです…」
「似ていた?知り合いにか?」
「似てたんです。…香音ちゃんのストーカーに…」
「なんだって?!」
「でも、そんな…香音ちゃんが犯人のわけ、ないですよねっ」
長い髪の、スプリング・コートの若い女。…まさか香音さんが…?私は首を振ると、きっぱりとこう言った。
「楠、余計なことは考えないで、とりあえず被害者の身元がはっきりするのを待とう。…とにかくみんな、今日は早く帰りなさい」
帰路で、私は改めて犯人の女の特徴を思い出そうとしていた。しかし駄目だった。長い髪とコート、それだけだ。香音さんと会って何かわかるのだろうか。はっきりとわかればいいのだが。…この事件は、ストーカー事件と全く無関係であると。
続く

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