オルレアンから来た少女 第一章-4 作・風間銀灰


そんなこんなで、ものすごい疲労感を引きずりつつ、なんとか本日の残りの授業を終え、やがて帰宅の時間となった。今日は妻が夕食を作ってくれる日である。彼女のおいしい手料理を食べて、気分を変えるとしよう。
そう思っていたのに、通用門のところでばったりと、よりによって楠と田沢と大海原に会ってしまった。せめて明日まで忘れていたい面々だったというのに。
「あ、先生も今帰りですか。そうそう、鳴戸の奴は、一足先に帰って、『ミラクルアイドルルインちゃん』のフィギュアをゲットしに行きましたよ。今日発売だって」
大海原のこの情報、はっきり言ってどうでもいい。いやむしろ、聞いてもいない。
「じゃ先生、駅までご一緒しませんこと?…社交辞令ですけど」と、田沢。
「なら私をひっそりとかつ速やかに帰らせてくれっ」
「そんなこと言わずに~、帰りましょ~」
楠はにこにこしながらそう言うと、私の鞄の紐をがっちりとつかんでしまった。これでは一種の拉致だ。
結局帰る方面が一緒だったので、駅どころか、乗り換えのターミナル駅までこの連中と一緒のハメになってしまった。若者たちのとりとめない会話にいささか辟易して視線を泳がすと、ふと一人の女性が目に留まった。我々から少し離れた、ホームの真ん中付近に立っている。
かなりの人混みでわさわさしている中で、何故その女性が気になったかと言うと、彼女が着ているコートが、妻が欲しがっていた物に似ていたからだった。
スプリング・コートとか言うのだろうか。ふわりと軽そうで、おとなしめな桜色という感じで、我が妻にさぞ似合うだろう、とぼんやり眺めていた瞬間に、それは起きた。

その女性が自分の前に立っていた男性の背中を押した。

男性がホームの下へ消えていくまでの時間がスローモーションのようにゆっくりと感じられたが、思考のスピードに対して体は硬直して動きを止めていた。実際のところは、一秒と経っていなかったのだろうが。
私は我に返ると、慌てて近くの電車緊急停止ボタンの方へ駆け出した。背後の、男性が落ちた辺りから騒ぎが聞こえてくる。そして、遠くから近付いてくる微かなレールの音も…。
体当たりをするように柱にたどり着くと、私は力いっぱい緊急停止ボタンを押した。間に合うのか間に合わないのか、止まるのか止まらないのか、わからないまま、無我夢中でしばらく押し続けていた。聞きたくなかった。車輪の軋る音、悲鳴、耳慣れない鈍い音─。
続く

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