オルレアンから来た少女 一章-2


もちろん学食の隅でも平和と安息は望めなかった。今の授業の傷心の原因になった奴らが近付いてきたからである。ならば研究室にこもってしまえばよかったのではないか、と思われる御仁もいるだろうが、研究室に居れば居たで、そこに押しかけられるだけだ。いやむしろ、冷蔵庫の中をあさられる分、もっと状況は悪いのだ。
そんな訳で、私は諦めの吐息をつき、コーヒーをすすった。
「セーンセっ、ここいいスか」
そう言って返事も待たずにさっさと座ったのが、先ほど議論でワトソン派の発言をしていた男子学生で、名を鳴戸という。理工学部なのに文学部の授業である「クラシックミステリ史」をわざわざ受けている変わり者である。小太り眼鏡長髪の、心身共に見事に秋葉原が似合う男である。
ここで先ほどの議論を再燃させるのか、と私は半ばげんなりしながら考えた。次々と座ったメンバーの中に、議論者のもう一方の片割れの女子学生が居たからである。
こちらは英文科の田沢といって、まあ美人と言ってもよい容姿なのだが、喋り方が妙なうえに性格がキツイ。それは先刻の議論内容で推測頂けるであろう。
「議論する間でもありませんわ。ホームズで間違いありませんもの」
そう言って田沢はにっこりと笑った。
「お話があるのは私ではなくて、楠さんですことよ」
次々登場人物が現れ、読者諸君も紹介にうんざりかもしれないが御勘弁頂きたい。楠というのは国文科の女子学生で、こちらはまあ愛らしい容姿と言っていいのだが、メイド喫茶でアルバイトをしているという時点で、そのキャラクターの片鱗が伺えるであろう。
「そうなんですぅ。ちょっとバイト先で困ったことがありまして、先生に相談に乗って頂きたいんですよぉ」
「何故私なんだ?」
「知り合いの大人の中で一番ヒマそうだからで~す」
聞くんじゃなかった。
「そんな理由ならこちらにもプライドがある。断るっ」
「そんなコト言わないでくださいよ~。聞いてくれたらお礼に先生のコト『御主人様』って呼んであげますからぁ」
「いらんっ」
「えええ~っ、超羨ましいんスけどッ」
ここで鳴戸が話に割り込んできた。羨ましいと思うその感覚が全く理解し難い。
「とにかく聞いてほしいんですぅ。バイト先で、ストーカー騒ぎが起きたんですぅ」
「まあ、楠さんがストーカー被害に?」
と、田沢が眉をひそめて言った。
「いえ、わたしじゃなくて、バイト仲間なんですけどぉ…」
こうしてなし崩し的に話を聞く体制に入ってしまった。やれやれである。
続く

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