ginkayのぼやき

また大きな地震が関西で起きて、何故地震は、フェイントをするような起こり方をするのか不思議に思った。千葉の地殻がどうとか言っていたのに。 まあフェイントとか考える方が間違いで、いつどこで起こってもおかしくないのが日本の国土ということなのだろう。 自然に人間の都合を押し付けるのは無意味だけど、それでも、地中エネルギーを一気に出すのではなく、せいぜい震度4くらいまでを限界にして小出しで放出してくれればいいのに、としみじみ思う。昔の人が神様の怒りとか考えて祀ったり祈ったりする気持ちはわかる。 それにしても、こんなときでも職場に向かおうとする人があんなに多いというのは、いいことなのかどうなのか。台風や大雪とかでもそうなのだが、何故通信で済みそうな仕事は自宅待機させてさせるとかにならないのか不思議だ。物流は実際動けないんだから品物をどうこうもできないんだし、店を開店させても客は来ないだろうし、来ても停電や断水ではサービス提供できないし、二次災害のことを考えると、災害時の不要な出勤を止める法律でもそろそろ整備した方がいいような気もする。大企業のエライ人に知り合いは居ないが、居たら災害時にまで出勤する理由や意義をぜひ尋ねてみたいところだ。

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ginkayのお間抜け日記〜

今は貴重な?峠の釜飯の陶器の空き容器はたまにお米を炊くのに使っております。さすがというべきか、米粒の立ったおいしいご飯が炊き上がります。ガラパゴス携帯の写真ではわかりにくくて申し訳ないですが、新米でもないのにつやつや♪ 釜飯の容器、今はプラスチックになってしまったと聞きましたが、スーパーの駅弁大会ではどうなんでしょうね?一人前をおいしく炊くのに本当に重宝なんで、陶器の釜も残してほしいです。

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ginkayのぼやき

余剰とか余分とか余りとか余裕とか、言い方はどれでもいいけど、とにかくそういうものがどうやら人間の進化に役立っているというのが面白いと思う。 高栄養(肉など)を食べるようになって得られた余剰エネルギーで脳が発達し、余った穀物等食料を長期に渡って保存保持していけるようになったことで時間の余裕が生まれ、その時間に生命維持には特に不要な「遊び」という余分なことをするうちに芸術や文明が生まれた…「余」って大事なんだなあ、と改めて思う。 ただものすごく俯瞰の視線で見れば、単純に分裂増殖するバクテリアの生き方もめんどくさいプロセスだらけの脊椎動物の生き方も、種の保全さえできていれば全く同等の価値なのかもしれないけれど。それこそ余剰が争いや戦争や世界の破滅の危機を生み出す遠因でもあるけれど。それでも、「余分なこと」も進化に必要だったという事実が、それこそ今のところ客観的に見れば世界に「余分」な存在である私を慰めてくれる。 私は子孫(遺伝子のコピー)を増やしているわけでない、食料(エネルギー)生産しているわけでない、ただエネルギーを消費して日々過ごしているのは、生物全体から見て、下手すると人間から見ても「無くても困らない存在」であるけれど。でも、そんな存在だって、もしかしたらいつか意外な何かの役に立つかもしれないじゃないか。過剰に自己主張や無理しなくていい、いまここにひっそりと存在しているだけで充分なんだと、自分を含めた「存在意義がわからない」人々に言ってあげたい。ふと、そんなことを思ってしまった。

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ginkayのお間抜け日記〜

昔馴染みのお母さんから新玉ねぎや巨大ズッキーニなどたくさん野菜を頂いたので、オリーブオイルとトマトで炒め煮をしてラタトウィユもどきにしてみました♪写真のようにパスタソースに使うこともできますが、そのまま食べるのがやっぱり一番かも?炒めた肉のソースにも使えそうです。野菜をなかなかたくさん食べられませんが、旬のものはやっぱりおいしいもんです。

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ginkayのお間抜け日記〜

某ファーストフード店の朝お子様メニュープチパンケーキセットを食してしまいました…。これまで全くかぶらずに五種類目。こんなところで運を使うginkayですが、他のいいことも起こる兆しだと強気でいきます、はい。 店員さん帽子をかぶって卵の殻でゆらゆらぐでたま。これは普通に飾るだけですが、やる気の無いゆらゆら感が楽しいので、辛いときはこれをゆらゆらしようと思います(笑)

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